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お陰様で。。 [徒然雑感]

丸11年を越えましたー!!

今後とも宜しくお願い致します。



そういえば。。
今日から「9月」でしたね。
特に「9月1日」は「防災の日」。。

この夏は本当に自然災害の多い夏になりました。。
被災された皆様には心よりお見舞い申し上げます。。
          (本編記:180831.
           追記文:180901.)


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こんにちは、向日葵さん。

「himawari turedureni」のブログレポート/7月分 ≪前編≫

ブログ年齢11年0カ月今月でブログ開設からちょうど11年です

マメ度3 あなたのマメ度は標準的です。

フレンドリー度5 あなたのフレンドリー度は最上級です!

※マメ度:前月の記事更新数に応じて算出されます。最高マメ度は「5」です。

※フレンドリー度:前月のnice!数に応じて算出されます。最高フレンドリー度は「5」です。


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誕生日。。 [徒然雑感]

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                   うちは、主人、母、ワタクシ、と3人とも
                  「8月生まれ」です。

                  3人でそれぞれにお祝いをしあいますが、
                  唯一の男性である主人が、何時からか「花束」を
                  買って花を添えてくれるようになりました。





60歳+αともなると、嬉しい、楽しい、だけでは済みません。。

母の介護も10年を超え、当初は、まだまだ踏ん張りが効きました。

介護生活10余年。。

足腰は勿論、腕のだるさなども加わり、最近は母の車椅子を推すのが一苦労です。
正直、母の乗っている車椅子が、本当に重く感じられるようになりました。


ちょうど誕生日の前日からその日に掛けて、とにかく今迄経験したことが無い
どうしようもない疲れと倦怠感、頭痛を感じ、



それでも(当たり前ですが)母の介護、世話は待ってくれずー!!




お義母さんの事を思ったら贅沢過ぎるたわごとです。
お義父さんの介護は、お二人が齡70を過ぎてから始まりました。

それも今から20年以上も前。
今のような介護保険も無ければ施設だって無いに等しい。。

そのお義父さんが亡くなるまで約20年間、お義母さんは一人、孤軍奮闘なさいました。
本当に頭が下がります。


今迄はお義母さんの援軍に故郷に駆けつけていた主人でしたが、
お義父さん亡き後、もうお義母さんがボロボロでー。


今は専らお義母さんの介護のために帰郷しています。





ワタクシもついつい寝る時間を削ってあれこれしてしまい勝ちですが、
その反動もあるかもしれませんね・・?



誕生日前日から誕生日に掛けて、

「本当にどうなってしまうんだろう・・??」

と言うほど体調が悪く、正直怖い思いもしましたが、

「ちょうど良い機会」

を貰った、と考えて、自分の健康、生活を少しずつでも見直していこうと
思っています。

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明野の向日葵畑。。 [徒然雑感]

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長年の念願叶って、背丈より大きい向日葵の畑に行って来ました。

確かに背丈より高い向日葵たちで、迷路も充分に出来そうでしたが。。


なにしろワタクシの原体験は、かのイタリアの名女優:ソフィアローレン
演じるところの「映画:ひまわり」の中のラストシーンで延々と写される
とても悲しい、哀しい、切ない、それでも太陽は燦々と降り注ぐ。。

そのひまわり畑なのです。

あのひまわり達の花はもっともっと大きかった!!
茎ももっともっと太かった!!

イタリアと日本、と言うお国柄、土地の違い・・??

に加えて、最近は小ぶりで小さく小さくなる傾向が強い向日葵。

基本的に向日葵の栽培は「種を取る為」だそうです。
それには大き過ぎず小さ過ぎず、より効率よく種が取れる、取り易い品種が
良いようで。。

つまり。

ワタクシの思い描く向日葵畑には、もうこの世ではお会い出来ないのだろう。。
と言うこと。

都内の小さな向日葵畑を去年見に行って来ましたが、やはり広い畑でたくさん
栽培されているのは、見応えも充分なら、満足感も違いました。

この日は台風と台風の狭間で、見事に晴れてくれました。
雨の中の花見物。。
その花が「向日葵」だと、やはり「雨は似合いません」ね。。


バスツアーだったので、午前中に明野の向日葵畑に行って、午後は清里、勝沼辺りを
廻って帰宅しました。

折からのお盆渋滞のあおりが若干あり、予定時間より3時間も遅れたのは
少々きつかったですが。。
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母が自分で直した手提げ袋 [徒然雑感]

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母がまだ元気だった頃、お友達と行ったベトナム旅行。
その際、自分用に買って来た手刺繍の手提げバッグ。

車椅子の後ろに引っ掛けて、ハンドバッグ代わりに重宝して
長年良く使って来た。

最近、肝心の手提げの部分の布が、あちこち擦り切れて来ていて,
このままでは、何時切れてもおかしく無い位、使い込んで来てしまっていた。

代わりになる手提げ袋を随分と探したのだが。。



なかなか大きさや、手提げ袋の紐の長さ等、ちょうど良い物が無く、
仕方なく今まで約10年間、この手提げ袋を使わざるを得ないで来た。

昨今、ついに手持ち部分が危機的状況になり。。


母は倒れてから、あれほど使っていたミシンも手放していた。
実際我が家には、ミシンを置くスペースも厳しかったのだが。。


それでも、この手提げ袋に代わる物が無い事を、母自身も良く良く知っている。

ついに、主人の古いワイシャツの袖先の直線になっている堅い部分を使って、
母自ら修繕することにした。

普段の生活の合間合間に少しずつ少しずつ。。


出来上がったのが一枚目の写真である。

なんとかもう暫くは使用に耐えられそうになった。



昔、世の中が、かつてない洋裁ブームに沸いていた頃、
母も某洋裁教室の師範迄終え、その得意の洋裁で、ワタクシ達子供の服も
自分自身の服も、それは良く作ってくれた。

その頃の本領発揮!!

ミシンも無いのに実に見事に修復してある。

普段から、主人のズボンの裾上げ等、隙間時間でさささ、っとやってしまうのだが。。

要介護の身になって、加齢で目も指先も衰えたというのに、
若い頃、身体に叩き込んだ技術は今も健在!!

改めて母に感服!!

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