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やっとね。。<追記>-2024.03.02.未明 [徒然雑感]

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後見監督人の事務局の方から電話があり、差戻しの上訂正箇所がいくつもー!!
「この(金)(土)(日)で「確定申告」を仕上げよう!」
と思っていたのが、駄目になった。
いつもお願いしているpcの先生に急ぎ連絡し、早速昨日金曜日の
深夜22:00過ぎにいらして頂けることになった。

それから約2時間半!!
元々不調だった胃がキリキリと痛みだした!!耐え難い!!
と言ってここでやめる事も叶わない。
お陰様で90%がた仕上がったが、資料探しにもう少し掛かる。
月曜日には訂正原稿と資料を持参して、監督人の事務所迄出向かなければならない。
つまり資料探しも月曜日まで。

「確定申告」も去年「8日」に仕上げて顧問税理士に郵送したら、
「3月15日」には間に合わなくて(税理士には他にもお客さんがいらっしゃるので)
結局追徴金を払う羽目になった。
だから今年はもっと早めに。
遅くてもこの週明け迄には仕上げて郵送したかったのだが。。

この胃のキリキリと戦いながら何処迄頑張れるか!?
(やはりこの胃の不調は一重に2つの書類の提出故だなぁぁ。。)


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やっとね。。 [徒然雑感]

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「成年後見報告書」が一応出来ました。

これを後見監督人である弁護士に郵送して、そこで精査されて、
‘OK‘が出れば、法務局に提出されて今年も無事終了、となるのですがー。

精査の結果待ちです。

ひと息つきたいところですが、「確定申告」もお尻に火がついています。
こちらは顧問税理士に、母の分とワタクシの分の資料をまとめて郵送します。

毎年「遅くても2月中に」と言われていて、それが守れなくて3月に
ずれ込んでいます。

なんだって、2つしかない大きな書類が2つ共、同じ時期の提出になって
しまったのか・・!!ホントにもう・・!!





多分に神経的なものでしょうが、この時期はいつもかなりの腹痛に悩まされます。
それも1月半ば頃から2月半ば頃迄の約1ヵ月間。。長いです。。
まさにちょうどこれらの書類と奮闘している時期にぴったりです。

加えて花粉症もあり、今年はどちらもかなり酷いです。
更に一昨年から去年のお正月にかけて罹患したコロナの後遺症らしき
口内感染症があり、こちらもまたきついです。

感染症に良く効くという薬を服用すると覿面、腹痛が酷くなります。

ともあれ「確定申告」を急がなくては!!

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小泉信三の話 [徒然雑感]

TVで放映していた番組で「小泉信三」を特集していた。

フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)に寄ると以下の通りである。

*********
小泉 信三(こいずみ しんぞう)

1888年(明治21年)5月4日 - 1966年(昭和41年)5月11日)は

日本の経済学者(経済学博士)。位階は正三位。

東宮御教育常時参与として皇太子明仁親王(第125代天皇)の教育の責任者となる。

1933年(昭和8年)から1946年(昭和21年)まで慶應義塾長。

日本聖公会のクリスチャン[1]。父は慶應義塾長(1887年(明治20年)

- 1890年(明治23年))や、横浜正金銀行支配人などを歴任した

小泉信吉(こいずみ のぶきち)。

*********

今の世でも随分なエリートになる。

その小泉信三には聡明な息子がおり、小泉もその行く末を大いに期待していた。

しかしながら、戦時下にあって徴兵され、僅か24歳でこの世を去った。

滅多に自らの感情を外に出さない小泉が、この息子を亡くした慟哭だけは、

晩年に記した自らの記録の中に2文字だけ書き遺していたという。

戦後、小泉は当時の昭仁親王(皇太子、今の上皇陛下)の教育係となる。

その顔合わせで総勢7人のささやかなお茶会が開かれた。

勿論、主賓は昭仁親王である。その初顔合わせの時における小泉の昭仁親王の記述が面白い。

「くりくりと動く黒い眼を興味があるものになると、より一層輝かせ、更にくりくりとさせる。

実に聡明な若者とお見受けする。お尻がプリプリと可愛く動いていた。」

(正確には覚えていないのだが、おおよそこのような文言)

この最後の「お尻がプリプリと」というような発言が許される、って、そんなに
自由な時代だったのかしらん・・??

TVの番組を作った方も「ここ」を強調したかったらしい。

皇太子は当時13歳だったというけど、未来の天皇と初顔合わせでこんな発言・・!?

つまり、発表した文章や、正式に何かに記載したものでは無かった、ということなの
かしらん・・??






*********

「1月31日」締切で、成年後見監督人の弁護士に郵送すべきだった「成年後見報告書」も
まだ出来ていない・・!!

「2月15日}締切で、顧問税理士に郵送すべきだった「確定申告」の資料2人分
(母の分とワタクシの分)も、まだ出来ていない・・!!


今頃迄には「出来上がっている予定」で、用心はしながら、だったが、既に幾つかの
外せない用事(病院、クリニック、等)、約束が幾つか入っている。

「pcを少しだけ」なんて思って、開いてしまうと、ついついブログページで時間を
過ごしてしまう。

「気晴らし」「気休め」に、なんて言い訳しながら。。

そこで、ここは心を鬼にして(?)自らに「ネット禁」を課すか?

とも思ったのだが、WordとExcelは嫌でも使わざるを得ない。
つまり毎日、pcを開く。

で。
基本、お邪魔するだけで「コメントは書かない。我慢する!」
時間と相談で可能な時だけ「nice!」と押す時があるかもー?

と、ちょっと自分に甘々だが、出来ない課題を課すよりは良いかと軟弱者は思う。。

そういうわけで、暫く適当にお休みしながら、こちょこちょ「nice!」だけ押しに
やって来るかもしれません。。ご容赦下さい。。
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お雛様。。 [徒然雑感]

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2024年(令和6年)のお雛様。

母がお世話になっている施設に飾られているお雛様。

なかなかに立派だが、そこに住んで居る居住者たちには
なかなか見られないかもしれない。

このお雛様は玄関ロビーに飾られていて、居住者の部屋は全て
2階以上にある。

1月から「報告書」と「確定申告」と悪戦苦闘している。

先々週はとにかくとっちらかっていた。

先週はあの雪の中、主人がどうしても帰省しなくてはならない事になり、
飛行機もなんとか飛んで無事に帰省出来た。

その間、書類をやりこむつもりでいたのだが、体調を崩してしまい、
殆ど寝込んでしまっていた。

母も主人も居ない、ワタクシ一人きりなので、まともに寝る事も出来ず、
食べる事も出来ず。。

ちゃんと食べてちゃんと寝れば、すぐにも元気になれそうには思ったのだが、
それが出来ない。

入っていた予定も殆どキャンセル、か、延期。

母の週一の面会も勘弁して貰った。





今日、2週間ぶりに母の面会に行った。

いつも面会の時には差し入れを持参する。
多少嵩張る物や重い物もあるので、長い事リュックサックを使っていた。

半年くらい前にリュックの肩側の中央にある手を掛ける部分が取れてしまった。
(名称が不明)

今日、母の施設に向かう折、リュックの右側のベルトの縫い目が
ちぎれそうになっていたのを見つけた。

途中でベルトが切れても仕方が無い、と、なんとかうちに戻る迄
無事で居てくれるよう祈るようにして出掛けた。

帰途、某駅で一回リュックを下ろし、再度背負おうとした時、
まさに「ブチッ」と音がして、見事にベルトが切れてしまった。

うち迄は後僅かだが、かなり重いリュックを背負って、かつ、
両手にも荷物を持ってー。

右のベルトを荷物を持った左手で押えながら家に向かった。


まあまあ順調に帰宅できたが、いつもの2倍3倍疲れ、うちに戻ってから
何もする気がしない。

お腹がペコペコで食べたい衝動はあるのだが、食事の支度がどうにも出来ない。
昨日帰京した主人は先に自分の分だけ用意して既に食べてしまっている。

ので、そちらの心配は要らないのだがー。

とにもかくにも「どうぅっ!」と疲れてしまった・・!!

この状態で。まだまだ書類との格闘は続く。。


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大雪警報!! [徒然雑感]

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           ---中央奥は西新宿高層ビル街

関東に。それも都心に!!(「も」と言うべきか?)

2月5日(月)の昼過ぎ頃からチラチラと降って来て、時々霙に変わったりも
しながら、夕方には積もるようにもなって来た。
昨今の暖冬傾向もあり、雪は降っても「降る」というより「舞う」と言う感じで、
滅多に積もる事は無かった。
明日の朝まで降り続く予報だが、5日の23:00時点で「約10cm」もの積雪に
なっているそうだ。

旅行や仕事で、または法事などで長距離移動をせざるを得なかった方々がもう大変!!
受験で上京して動けなくなった、なんて学生さんもいらしたー。

なんとか最小限の被害で済みますよう・・!!



主人がよんどころない用事で、急遽帰省しなければならなくなった。
南九州迄。
昨日=5日に飛びたかったのだが、飛行機が取れず、仕方なく今日=6日になった。
それもかなりの争奪戦の挙句ー!
が、そのチケットも無駄になるかもしれない・・??
昨日深夜のニュースで飛行機の欠航決定が続々とニュースになっていた。
今のところは飛ぶらしいがー。

なんとか無事に飛行機が飛んで欲しい・・!!





<2024.02.06.夜追記>

皆さま、ご心配頂きありがとうございました。
主人はお昼頃の飛行機で無事帰省出来、早速今回の用事に邁進しています。
飛行機そのものより飛行場迄、無事に行けるか?とも少し心配しましたがー。
朝のうち、通勤ラッシュの時間帯にはあちこちでトラブルもあったようですが、
昼前に都内の交通機関は殆ど回復しており「あえて」遅めの飛行機にした
かいがありました。

元々「晴れ男」の主人ですが、雪にだけは過去にも何回か泣かされたことがありー。
ともかくは無事あちらに着いてくれてほっとしました。


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♪~ バスよ バスよ 行かないで~ ♪~ [徒然雑感]

大体週一で母の面会に通っている。

一昨年、母が在宅が無理になって施設に預かって貰ってからのことだ。

入所当初はちょうどコロナ渦吹き荒れる頃で、「週一、かつ30分以内」かつ、
予約が必要な面会だった。

だからちょっと遅れても面会時間が減ってしまうので時間厳守。

居室には上がれず決められた1階の面会室でのみの面会。

だから母の身の回りの持ち物を、行く度に確かめる事が難しく、忸怩たる思いだった。


去年の春頃からコロナに寄る制限が緩和され、原則「居室での面会」となった。

とは言ってもこちらも週に何回も、一回何時間も居る事は難しい。

週に何回も行ったり、10日以上行けなかったりー。
いろいろしつつ、大体「週に1回、約1時間」と決まって来た。

距離的には近いのだが、アクセスがあまり良くなく、地下鉄と私鉄とバスを乗り継いで行く。
電車はまだしもバスが面倒だ。

まあ、バス停は比較的施設の近くにはあるのだがー。

行きのバスは施設の横を走る大通りの反対側に停まる。
帰りのバスは逆方向になるから施設のある側に停まる。

バスに乗る為にバス停に行こうと、施設から歩いているとその横をバスがつつつー、っと
通り過ぎて行ってしまう。
目の前のバス停に停まるのだが、ほんの数秒停まっただけですぐに行ってしまう。
乗り降りする人が居ない時はその数秒も無い。

何度目の前でバスが行ってしまうのを見たことか!!

バスは大体1時間に4-5本あるので、通り過ぎてしまっても、10分から15分も待てば
次のバスが来るのだがー。
その目の前でバスを逃した後の待たされる数分間は異様に長い!!

特に夏の炎天下、冬の雨風強い時、等はまさに泣きたくなる。



そんなわけで何時ともなしに施設からバス停に向かうワタクシの口から出て来るように
なったのが、

「♪~ バスよ バスよ 行かないで~ ♪~」

のリフレインである。

昔(?)「♪~ 雨よ 雨よ 降らないで ♪~」

と言う流行歌があったように思うのだがー。




勿論そのパクリである。


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さ、さぶい!!・・けど・・? [徒然雑感]

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なんてこと言ったら被災地の皆さんの顰蹙を買いそうだがー。
一昨日(2024.01.23火曜日)迄の暖かさは何処へやら、昨日から酷く寒くなった。
空気が刺すように冷たい上に風も強い!!

いやいや、そうなんだ。「冬」ってこうだったんだ。寒いのは当たり前。
でも暖冬にすっかり馴らされてしまった身体は酷く貧弱て、殊の外寒さが身に染みている。

そういえば今年も「大寒」があった。
月も綺麗で満月に近いようだ。
あちこちで蝋梅が綺麗に咲き乱れているらしい。
白梅、紅梅もチラリホラリ。。
暦の上ではもう「春」なのだけど、これからが一年で一番寒くなる頃。厳冬期だ。
それでも春を告げる花達があちこちで咲き出している。
年に一度の書類地獄もあるし、日常もコロナの後遺症らしきもののせいで(?)で
なかなか上手く回らないしー。
なんだかんだ、一番大変な時期なんだけど、こうして花便りを聞いているだけで
結構元気になれるし、なんとなくウキウキもして来る。

子供の頃からずっと「秋」がとても好きだったのだけど、30歳を過ぎた頃からか、
「春」がなんだかもっともっと好きになって来てしまった・・!!
儚く咲いて散っていく桜の花に負うところが大きいのだけど、やっぱりこうして
「春の足音」が聞こえて来ると良いもんだなぁぁ。。


ね?


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辰の年、母の自宅外出ーその3 [徒然雑感]

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(その3)

この日、夕方にトイレヘルパーさんが見えて、住んで居るマンションの
共有の車椅子用トイレで事を済ませた母を、今度は施設まで送って行きます。
物理的には施設の夕飯に間に合う時間です。

「食べても食べなくても母の自由にさせて下さい。」

とお願いして、施設に帰しました。

まさにお正月のご馳走をたらふく食べて帰っているので、
流石にその夜は「何も食べられないかもしれません」。
でも「用意だけ」はしておきます。(費用は掛かりますがー。)

いつもの自宅外出は、夕飯も別のレストラン等で済ませてから、
夜9時過ぎに施設に帰す事が多かったのですが、
施設側も夜勤帯の時間になるし、こちらの負担も大きいしー。
ということで、今回から夕飯前に帰すように変えてみました。

その分、時間的にも物理的にも体力的にも「楽になった筈」だったのですがー。

ワタクシが母を送って行っている間に、主人がまた荷物を廊下に戻します。
そうしないと生活スペースが確保出来ないからです。
母が居る時は廊下はいつも綺麗だったのですから、
荷物置き場にしないでも済む筈なのですがー。。
不思議です。

母を施設に帰してから直ぐに家にUターンです。
その帰途に主人からメールがあり、
「疲れ切ってしまって荷物が戻せない!!」
と言うのです。

廊下の荷物は主に布団の上に置いて凌いでいます。
そこしか荷物の避難場所がありませんので。

「荷物が戻せなかったら布団で寝られないだけです。」
と返しました。

約1時間して帰宅すると、廊下は綺麗に片付いています。
あれから少し休んで、仕方なくまた荷物を戻してくれていたそうです。
「いつもありがとう。。」
心の中で言いました。本当に心底感謝です。

お陰でワタクシもその晩ゆっくり休むことが出来ました。

(終わり-続きません)



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辰の年、母の自宅外出ーその2 [徒然雑感]

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(その2)

またトイレへルパーさんもあらかじめ予約しておきます。
いつもお願いしている所の、出来得るならベテランで母と相性の良い方。
勿論有料です。大概の事業所が「30分刻み」でしょうか。

しかし「トイレ」というもの。
これが自身のコントロールの効かないものでー。
毎回「信じられない想定外の出来事」に悩まされます。

それらを全部クリアしても尚、当日の天気ばかりは神様の言う通り。
晴れてない迄も降って居なければ「なんとかなる」場合が多いのですがー。

昨今の夏場の暑さはあまりにも異常です。
エアコンの効かない屋外を移動するのは母には重労働で、
場合に寄っては命に拘わります。

なので、ここ数年は夏場の自宅外出は基本的には出来なくなりました。
お盆もありますし、父の命日もあるので、本来なら夏にこそ
出掛けさせてあげたいのですがー。

ワタクシが母を迎えに行っている間に、主人は家の中の廊下などの荷物を
母の車椅子が自由に通れるように片付けて置いてくれます。

ワタクシと母は施設からタクシーで自宅近くの霊園に真っ直ぐ行き、
まずはお墓参りに向かいます。
お墓の掃除や花やり等は主人や弟に任せます。
弟はワタクシの住む自宅から約1時間掛る所に住んでいます。

お墓参りを済ませたら、いつもならここの近くで「初詣」をしてから
自宅に戻っていたのですが、今年はこの「初詣」をすっかり忘れていました!!

まあ、なんて罰当たりな!!
と言っても、それでも時間はギリギリでしたし「初詣」と言っても
「車椅子のまま」問題なくお参り出来る所がいつも見つけられなくて苦労するのです。
最近は「諦めムード」が強く漂っていました。
多分それで、ワタクシが「完璧に忘れていて」も、
主人も弟も何も言わなかったのでしょう。
そういえば、母も何も言っていませんでした、っけー。。

(その2、終わり、その3に続く)

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辰の年、母の自宅外出ーその1 [徒然雑感]

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おひさしぶりです。

お正月の母の自宅外出を始め、遅れてしまった年賀状の印刷、ポストイン、

恒例の母の「成年後見報告書」の取り掛かり、「確定申告」の開始、等々。。

忙しくしていて、案の定ダウン。プチ寝込み状態でした。


若い時は体調不良で寝込むなんて考えられない事でしたが、

ここ数年、我が身をもって痛く実感しています。

1月2日(火)に無事母の自宅外出を敢行し、大きく「ほっ!」とひと息。



約15年、在宅で看ていましたが、トイレ介護がワタクシ一人では出来なくなり、

仕方なく施設に入って貰ったのが一昨年の2月。。

ですから約丸2年になります。


母専用の介護ベッドも施設に移った時に引き払い、トイレにあった補助具も

一切撤去しました。

というか、在宅ではなくなったと同時に

「介護保険で借りる事が出来たそれらの補助具」が借りられなくなるのです。

また「あっても場所取りで困ります」しね。

ですので、今回も母の「自宅外出」となるのです。

ゆっくり「自宅外泊」をさせてやりたいところですが、

「トイレもベッドも使えない」とあっては「数時間の外出」が文字通り精一杯です。


「外出」だけであっても、母は車椅子に乗ったままでしかタクシーに乗れなくなって

いますから、

「車椅子のまま乗り降り出来るタクシー限定」で車を探します。

またその車の運転手さんが、必ずしも車を「車椅子仕様に組み替えられる」とは

限りません。大概の運転手さんが「1年に1回(もしくは半年に1回)の研修」を

受けただけ、という怖い現実があるのです。

ですから10台止めても、1台も乗れない、と言う事が良くあります。


お正月は大概「予約が出来ません」ので、1種の賭けになります。


(その1、終わり、その2に続く)


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